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お金の果たす役割について

お金とは自分にとって、夢、希望をかなえてくれるもの、なくては生きられないものですがお金の果たす役割はそれだけではありません。それは人間の行動や考え方を縛るものです。人間に理性をなくさせ、悪いことをさせるものでもあります。職場に人の足を引っ張ったり悪口ばかり言う人がいました。その人は人の気持ちが理解できない人なのかも知れません。しかし、その人の事情は、夫と離婚し、子供がいて貯えもないのでどうしても仕事を辞めるわけにはいかない。今自分が仕事を辞めたら、子供が飢え死にしてしまう、というものです。だからといって、人を傷つけてもいいのかと思いますが、最近お金に縛られているせいか、そういう人が増えているような気がします。日本に限ったことでいえば、日本人は背伸びをし過ぎじゃないのかという気はします。昔の母親は、経済力は今の女性ほどなかったかも知れないけれど、母性を持ち、家の味を伝えるという役割も果たしていました。今はとにかくお金お金と言い過ぎているような気がします。

生きるために必要不可欠なお金

お金はこの今の社会システム上、生きるために必要不可欠なものだと私は思います。

大昔のように物々交換ができる世の中ではありませんので、野菜一つ買うことにもお金が必要となります。

それが生産者にとって、精魂込めて野菜を育てたことの対価となりますし、買う方としましてはその期間や努力をお金を払うことにより手に入れたことになります。

現代ではお金があるほど、いろいろなことが時間的に短縮できたりします。

例えば高級品として知られているお掃除ロボットなども、お金が余裕があるからこそ買えるものなのです。

便利に快適に、より良く生きるためにはいつだってお金が必要ですし、そのためには働くなどしてその労働の努力の対価としてお金を受け取らないといけないのだと思います。

お金は天下の回り物

毎日働いてお金を稼ぐ、それが現代人のいわば通常とされる生き方になっています。

古来より「働かざるもの食うべからず」なんてことわざもあるほどですから、自分の生活にかかる生活費は自分の仕事を以って稼ぐのがセオリーになっています。

ですがそんな中でも職を持たない若者も増えているというのが社会的に問題視されていますので、そこで私が思うのはお金の価値について考え方が不一致なのではないかという点です。

お金は人類が考え出したまさしく「価値」そのものです。その価値を自分で調達するという動作は非常に大切な行為にもかかわらず、自力で調達できない方が多くなると、それは生きるために別の人間が働いて稼いだお金でまかなわれているということです。意識の問題ひとつでもお金に対しての憤りすらも感じてしまいます。


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